私がこのコラムを担当するのは三ヶ月に一度ですが、前回は物価の上昇について記しました。また、この物価上昇、すなわちインフレが、需要の増加による“良いインフレ”ではなく、化石燃料等の輸入されるモノの値上がりと円安差損からくるコストの上昇による“悪いインフレ”である旨を記しました。
コロナ禍とロシアによるウクライナ侵攻は経済的に負の影響を与えていますが、どのような局面にあっても、現実の事象を利用し望ましい方向に転換させるしたたかさが欲しいところでもあります。
但し、現実の事象を利用するからには、①その現実の正確な把握と、②それに対する、これまで考えられていた有効と思われる対策が有効か否かの検証が必要であると思います。
【そもそもインフレのナニがいけないのか】
コロナ禍以前から日本の景気は芳しくなかったのですが、2001年3月に日銀は量的緩和政策を導入するとともに、消費者物価指数を0%以上とする目標を掲げています。その後1%程度を目途にするように改められ、更に2013年1月に目標値を2%に引き上げています。金融緩和政策―要はお金を市中に多く回すことで消費の拡大、すなわち有効需要を増加させることにより、ディマンド・プル・インフレを実現しようとしたわけです。硬い表現になりますが、経済学的にはとてもオーソドックスな方法であると思います。
マクロ経済学の入り口である有効需要の原理からすれば、有効需要の要素は①消費、②設備投資(家計においては住宅投資)、③政府支出が主なものとして挙げられます。
①の消費は可処分所得により左右されますから、減税も有効需要創出の後押しとなるものです。いずれにしても思惑通りに消費や設備投資の拡大により物価が上昇し、また、お金の調達費用である金利が健全な範囲で上昇していくことが、そもそも金融政策の目的であると言えます。今回は“悪いインフレ”であるため問題視されているのであって、インフレ自体が悪いわけではありません。
このように考えると、教科書的なコスト増が“悪”よりも、問題の本質は実はとても単純で、物価が上昇しても収入が、それに見合って上昇していないので、実質賃金率(実質 所得)が低下し消費意欲=需要が拡大されないということだと思います。
【どのような政策が有効なのか】
経済政策は、①金融政策と②財政政策に分けられます。金融政策については海外の多くの中央銀行がインフレ抑制のために金融引締めに動いていますが、日銀は金融緩和策を継続しており、そのため、他国より金利水準が低くなり、円安が進み、輸入コストの上昇という流れなのですが、だからと言って他国同様に引締めに転じたらいいのかと言えば、私は違うと思います。
円安は生産コストや実生活面での生活費の上昇を招く一方で、輸出を核とする企業にとっては追い風でもあります。
結局のところ、実質所得を上昇させる間接的な政策は、政府支出=公共投資が代表的なものであって、理論的には、その波及効果が及んでいく乗数理論に基づいた政策が続いてきましたが、理論の面からも公共投資は長期的にはクラウディング・アウト(公共投資等の結果、実質利子率が上昇し、民間投資の減少を招くなど抑制的な影響を与えてしまうこと)の原因となるであろうことを考えれば、低所得者層に、生活必需材(電力、あるいは衣食住に直結するもの)に関する配分的措置を施すのが有効なのではないかと個人的には思います。
但し、いわゆるバラまきの恩恵に預かる人に対しては、財政出動は“純粋公共財”(警察等の公共サービスをだれでも均等に受けるとこができること)とは別物であるという意識を健全に植え付ける方策も講じないと、不公平感と堕落を生んでしまうと思います。